著者 石川達三 「人物点描」
挿絵 土井 栄   毎日新聞社日曜版連載1971

多岐川 恭
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石川達三プロフィール

1905 明治38年 7月2日秋田県生まれ。
1912 明治45年   秋田市築山小学校に入学。
1914 大正3年   母うん死去で東京の叔父にあずけられる。
1919 大正8年   高粱中学に入学。後に岡山市に転居、関西中学4年に編入
1925 大正14年   早稲田大学第二高等学院に入学。同人雑誌『薔薇盗人』を発行。
1926 大正15年   山陽新聞に『寂しかったイエスの死』を発表。
1927 昭和2年   大阪朝日新聞の懸賞小説に『幸福』が当選、賞金を得て学資とする。
                早稲田大学英文科に入学したが、中退。
1928 昭和3年  国民時論社に入社。
1930 昭和5年  移民船ラプラタ丸でブラジルに渡航。日本人農場に滞在し8月帰国。
1935 昭和10年   同人雑誌、星座に『蒼氓』を発表 第一回芥川賞受賞をうける。
1937 昭和12年  『日陰の村』を刊行。12月中央公論社特派員として、
               日中戦争の戦場中支方面へ出発。翌年1月まで南京に滞在。
1938 昭和13年  『生きてゐる兵隊』を中央公論に発表。
         同誌は即日発売禁止。新聞紙法違反で禁固4ヶ月、執行猶予3年の刑を受ける。
1940 昭和15年  『転落の詩集』『三代の矜恃』『母系家族』
1941 昭和16年   南洋諸島を旅行、12月太平洋戦争開戦直後、海軍報道班員として徴用される。
1945 昭和20年  『生きてゐる兵隊』
1947 昭和22年  『望みなきに非ず』を読売新聞に連載。12月 『望みなきに非ず』
1948 昭和23年  『幸福の限界』
1949 昭和24年  『神坂四郎の犯罪』を刊行。芥川賞選考委員になる。
         4月に『風にそよぐ葦』前編を毎日新聞に連載。後編は昭和25年7月から同、毎日新聞に連載。  
1952 昭和27年  『青色革命』を毎日新聞に連載。
1953 昭和28年  『青色革命』を刊行。『悪の愉しさ』を読売新聞に連載。
1955 昭和30年  『四十八歳の抵抗』を読売新聞に連載。
1957 昭和32年  『人間の壁』を朝日新聞に連載。
1961 昭和36年  『僕たちの失敗』を読売新聞に連載。
1964 昭和39年  『傷だらけの山河』
1965 昭和40年  『私ひとりの私』『洒落た関係』
1966 昭和41年  『金環蝕』
1969 昭和44年   菊池寛賞受賞。
1971 昭和46年  『人物点描』毎日新聞社に連載。
1978 昭和53年  『愉しかりし年月』
1979 昭和54年  『小の虫・大の虫』
1980 昭和55年  『7人の敵がいた』
1981 昭和56年  『裏返しの肖像』『星空』
1982 昭和57年  『恥かしい話・その他』
1983 昭和58年  『若者たちの悲歌(エレジー)』あきた青年広論に「私の青春人物登場」を連載。
1985 昭和60年  1月31日、東京共済病院で逝去。